2015.11.19 【ゲルハルト・オピッツ ピアノリサイタル】

温かみのある音色で作品の内面をじっくり聴かせる巨匠、ゲルハルト・オピッツさんのリサイタルを聴きに出かけました。

2012年、2013年とシューベルトの全曲演奏会シリーズを聴き、
音色と深みのある表現に感動。
昨年は東京でのリサイタルがありませんでしたので、今日は待ちに待った日です。
夏に早々にチケットをゲットし、ワクワクしてこの日を待ちました。

 

今日は「シューマン×ブラームス連続演奏会(全4回)」の第1回目。
シューマンとブラームスには、
「ベートーヴェン作品への敬愛と、詩情あふれる感覚。」
という確固たる共通項があるそうで、
「彼らの世界に分け入り、新たな発見をお届けしたい。」
という、大変意欲的なリサイタルシリーズです。

プログラムは、前半がシューマンの「子供の情景」と「幻想曲」、
後半がブラームスで、「2つのラプソディ」と「ヘンデルの主題による変奏曲」。
シューマン「子供の情景」は、オピッツさんによると、
「彼の世界に触れるのに、これほど美しい入り口はない」
とのこと。
何とも素晴らしいコメントですね。

大曲揃いのプログラム。
特にブラームスの変奏曲は、技術的なあまりに困難な割には派手さが少ないためか、
なかなか聴ける機会がありません。
(同じ変奏曲なら、シューマンの「交響的練習曲」の方が、ずっと演奏頻度が高いと思います。)

この変奏曲を含め、4つの曲が何のてらいもなく、
期待通りの自然で温かく味わい深い音で差し出された、今日のリサイタル。
一流演奏家の凄みを、改めて感じました。
今日受けた感動を、どんな言葉で整理しようか悩み、
聴衆の気持ちを代弁してくれるような新聞等の批評記事を探しましたが、
見つけられず、残念でした・・・

 

凄さと同時に心を温かくさせてくれる演奏家は、とても少ないと思います。
次回・第2回が、今からとても楽しみです。

 

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2015.11.13 【波の会 日本歌曲振興会 湘南グループコンサート】

「美しい日本語と香り高い歌を」をコンセプトに、作詞家・作曲家・声楽家のメンバーが活動されている「波の会」。
コンサートだけでなく、詩・作曲・歌唱のコンクールも毎年開催されています。
その「湘南グループ」のコンサートで、伴奏を致しました。
昨年に続いて2度目の共演。とても有り難いです。

今回伴奏をしたのは9曲。
「紅葉」(二重唱・ヴァイオリンのオブリガートつき)/「赤とんぼ(ヴァイオリンのオブリガートつき)」
「ちいさい秋見つけた」/「鎌倉の秋」/「秋立つ」
「野分」/「秋です」/「落葉松」/「からたちの花」

おなじみの「紅葉」や「赤とんぼ」は編曲が美しく、
新鮮な気持ちで演奏することが出来ました。

 

今回は6人の声楽家と共演致しましたが、
「表現とは何か」ということを、改めて考えさせられました。
皆さんベテランの域に達した歌い手で、
「秋」という言葉一つをとっても、表現に幅や深み、そして個性があります。
これは、若い歌い手からは、なかなか伝わってこないものです

 

先日、ある音大の声楽の先生方によるコンサートを聴く機会があり、
准教授、講師クラスの先生方に混じって、教授の先生(60代後半〜70代くらい)がお一人歌われました。
その先生の歌には、言葉やフレーズ一つ一つに充分な味があり、
詩に込められた想いが強く迫ってくるのを感じました。

声の立派さや声量では、もちろん若手・中堅の方が勝るでしょう。
なのに、その立派な声が、上っ面をなでているだけのように聴こえてしまう・・・
帰り道でも、この違いは何なのかと考え続けてしまいました。

 

ただ年を取れば出来るようになるわけでもない。
一人の音楽家として、真剣に曲に向き合い、自分に向き合って鍛錬する。
そして日々の生活や、それにまつわる感情も大切にしていく。
近道はなく、それら一つ一つの積み重ねしかないのかもしれません。
2つのコンサートを通して、そんな想いを強くしました。

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